素直になれるとき When I am used obediently




お腹の虫が鳴り響く四時間目の授業。
後もう少し、後もう少しと終わりのチャイムが鳴るのをを待ち通しくしている生徒達。
そんな生徒達とは逆に、時間を一杯一杯使って授業をする先生。
一護の目の前の席には、先日転入してきた日番谷の後ろ姿。
後ろの少し離れた所に松本、阿散井、斑目、綾瀬川が座っている。
普通転入生と言うのは後ろの席になるのだが日番谷は背があれなので担任から前の方へ席を指定された。
そして日番谷の事を知っている一護の前の席ならば困った事があっても大丈夫だろうと、担任の良い心遣いによって一護の真ん前の席になった。

(先生に感謝だな。冬獅郎は俺が後ろにいるのどう思ってるんだろ)

一護の後ろではコソコソと話をしている松本達。
絶対に授業は聞いていない。
それに対し、日番谷は騒ぎもせず黙々と字を書いている。
最初は黒板に書かれている文を書いているのかと思っていたが、今の授業は黒板に書かれているのはほんの少しだけ。
少しだけというのに日番谷の手は止まっている時より動いている時の方が多い。
先生が言っていることもノートに書いているのか、と一護が日番谷の机の上をこっそり覘いてみた。
すると、日番谷の机の上にはプリントらしきものが十数枚。
一護の机の上には教科書とノートのみ。
よく目を凝らして見れば、『大虚』の文字。
書類だ。
しかも報告書とは違う、普段から尸魂界でやっている様な書類。

(わざわざ現世に来てまでしなくても…)

そうは思うが、今は授業中。
髪色のせいで色々言われたくないために一応授業はしっかり受けている一護。
もちろん授業中に私語などしない。
後5分程で授業は終わる。
それならば終わってから聞こう。
一護は残りの5分、授業に集中した。

その時の日番谷は、授業でも書類どころでもなかった。
頭が痛い。
重い。
先生が授業している声や、後ろで喋っている松本達の小さな声でさえ、鋭いトゲをもった凶器のように日番谷の頭を直撃する。
黒板の字を見ても、手元の書類を見ても、霧がかかったように霞んで字が読めない。
少しでも気を抜けば直ぐにバランスを崩して床に倒れる。
座っている事さえ今の日番谷には辛い。
しかし今倒れる訳にはいかない。
自分のせいで授業を中断させる訳にもいかないし、今倒れれば間違いなく一護が心配する。
一護には心配かけたくない。
ここはなんとしても我慢して、授業が終わってから保健室とやらに行けばいい。

キーンコーン……

「であるから、ここはこうなるんだ。わかるか〜?」

やっと授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「先生〜、チャイムなったから終わろうぜ〜!!」

昼休みを一秒でも長く取りたい生徒の内の一人が言った。
皆同じ事を思っているため、そうだそうだと今までの静けさが嘘のようにガヤガヤしだした。

「あ―後5分な〜。今大事なとこだ。」

「「えぇ〜〜」」

先生の無情にも授業を長引かせる言葉に教室中はブーイングの嵐。

「ほら静かにしないと5分増やすぞ〜」

そう言われればどうしようもない。
生徒たちは仕方なく、残りの5分間の授業に集中した。
後5分。
皆とは違い、日番谷にとっては酷く長い時間だった。

(くそっ…。何でこんな時に…っ)

長い5分間、もう意識を保つことも難しい。
我慢がいつまで持つか。

「よし、今日はここまで!!ちゃんと課題やっておくように」

やっと終わった。
今から昼休みだ。

「起立、礼」

「「ありがとうございました」」

生徒達が一斉に教科書をしまって机に弁当を広げる人、食堂や購買に向かう人、各々が散らばった。
阿散井、斑目、綾瀬川の三人は現世の珍しい昼食を求め購買に一目散。
一護は日番谷と一緒に屋上へ行こうと声をかけた。

「冬獅郎、屋上行こうぜ」

「……」

しかし、日番谷からの返事はない。
今度は顔を覘き込みながら声をかけてみた。

「冬獅郎?」

「えっ?あ、ちょっと俺、行きたいとこある、から…」

書類を机の中に押し込み勢いよく立ち上がった。

「……っ」

その瞬間日番谷の体が傾いた。
が、自力で日番谷は体勢を保った。

「お、おい。大丈夫か?」

「あ、あぁ…。先に屋上行っといてくれ。」

一護から見ても顔色が悪いのは直ぐにわかった。
すぐそこで日番谷の腕を掴もうとしたのだが、日番谷はそれをすり抜けて廊下へと出ていった。
その光景を一部始終見ていた松本。

「一護、隊長を追い掛けるわよ」

「乱菊さん?」

「あんたにもわかったでしょ?隊長、あんたに心配かけさせたくないのよ」

「……冬獅郎」

「さ、行くわよ。」

「はい!!」

松本の後押しで日番谷の後を追い掛ける。
多分日番谷は保健室に向かっているはずだ。
そして、後少しで保健室というところで日番谷の姿が見えた。
それは今にも倒れそうで。
必死に壁に手をついて歩いている。

「冬獅郎!!!」

大声で日番谷の名前を呼んだ。
周りの生徒なんて気にしない。
だって大切な恋人が辛そうにしてるんだ。
放っておけるわけない。
その声に気付いた日番谷は後ろを振り返る。

「一…、護…」

今聞こえた大きな声に、頭が揺れた。
揺らぐ景色に、蜃気楼みたいにみえるオレンジ色の何か。
間違いなく一護の頭だ。
それまでは確認できた。
追い掛けてきてくれたんだ。
という安心感と、また心配かけてしまうなという後悔に意識を手放した。

「冬獅郎っ!?」

「隊長!!」

滑り込みギリギリで日番谷を受け止めた一護はほっと一息ついた。
と同時に保健室のドアが開き、先生が出てきた。

「どしたん?」

「冬獅…日番谷くんが倒れて…。ってお前!!」

なんと保健室から出てきたのは、元、三番隊隊長市丸ギン。
藍染と共に虚園へ行ったのも市丸ギン。
何度も言うが、今一護の目の前に立っているのも市丸ギン。

「って冬やん!?どないしたん!?」

「熱が…」

「あんたには聞いてへん!!早うベッドに寝かせな!!」

一護から日番谷を奪い取り、保健室のベッドへと素早く寝かせた。
何故か保健室にある物をテキパキと出してきた。

「乱菊!!ちょおこれで冬の熱はかってや!!」

体温計を松本に押し付けて、風邪薬を探しだす。
その間に一護は疑問に思ったことを聞いた。

「おい、市丸。何であんたがなんの違和感もなく保健医やってんだよ」

「なんやねん、今はそんなことより冬の方が心配やろ?」

「それはそうだけど、保健医はどうしたんだ?」

「どうでもえぇやん。」

「どうでもよくねぇよ!!」

ピピピっ…

一護と市丸が言い合っている時に体温計が鳴った。

「38度6分…結構高いわね」

「…んっ」

丁度体温計が鳴り、日番谷は目を覚ました。

「ま…つもと?」

「隊長、気分はどうですか?」

「良い…とは言えないな…」

「そんな遠回しな言い方しないで下さい」

松本の声によって、市丸と一護は日番谷が目覚めた事に気付いた。
ササッと近付いて我先にと日番谷に触れる。

「冬、気分はどないな?」

「冬獅郎、気分はどうだ?」

ほぼ同時といっていい程のタイミングで目覚めた日番谷に声をかける。

「なんで、市丸がここにいるんだ?」

最もな質問なのだが、市丸にしてはどうでもよく、今は日番谷の体調が心配だ。

「虚園から冬見てたんやけど、なんや様子が変やったから来たんやで」

「市丸…てめぇはストーカーか?」

なんとも病人らしくない発言だが、市丸には関係ない。

「冬、風邪薬あるけど飲める?」

先程探していた薬と水の入ったコップを渡すが、日番谷は受け取らなかった。
それを一護が取ったからだ。

「なんで君が取るん?僕は冬にやったんやで?」

「そうよ、一護。隊長に薬渡しなさいよ」

すぐに風邪薬を飲ませた方が日番谷にとっていいのだろうが、それを一護が横から奪った。

「お前、今冬獅郎に何飲ませる気だった?」

その一言を聞いた日番谷と松本は頭を傾げた。

「一護…じゃなかった黒崎、どうかしたのか?」

市丸と松本の前ではあえて苗字で。

「冬獅郎、名前で呼んで構わねぇから…」

「俺がやだ。」

風邪を引いてはいても、いつもの日番谷だった。

「そ、そうか…」

少しどころか、結構ショックを受けた一護。

「隊長ったら照れ屋なんだからvvで、一護。本当にどうしたの?」

話を元に戻し、一護が薬とコップを取った理由を聞いた。

「市丸、コップに何かいれただろ?」

「僕?何いうてんの?入れる訳ないやん」

「嘘言うな。俺はハッキリ見たぜ。コップに何か入れたとこを。」

「本当なの?ギン」

一護、日番谷、松本の三人からの目線に耐えきれなくなり、市丸は白状することにした。

「はぁ〜。バレてもうたか。」

「やっぱり入れたのね?何を入れたのよ」

「ただの睡眠薬や。風邪やったら寝づらいやろ?やからゆっくり休めるようにな。」

「市丸…」

日番谷は市丸の優しさに少し嬉しかった。
のだが、すぐにその気持ちは打ち砕かれた。
コロン…と市丸のポケットから落ちた小瓶によって。
その小瓶を一護が拾い、目の前に持って来た。

「これ、なんだ?」

「あ!!ちょお、それ返し黒崎一護!!」

中身は薄いピンクがかった透明の液体。
どうみても睡眠薬とは言い難いものだ。
しかもご丁寧に超即効性媚薬と書かれている。

「おい、これを冬獅郎に飲ませようとしたのか?市丸」

「そ、そんなんある訳ないやん!!」

「ギン、嘘言わないでよ!!一人だけいい気にはさせないわ!!」

「えぇやん!!それ飲んだら冬やっていい気になるんやから!!」

「「……」」

今の一言で、日番谷に飲ませようとしていたのは、一護の手の中にある媚薬だと市丸はボロを出してしまった。

「やっぱりか市丸!!冬獅郎を気持ち良く出来るのは俺だけだ!!媚薬に頼るなんて市丸もまだまだだな」

「そんなことあらへん!!僕かて媚薬に頼らんでも冬をアンアン言わせる事出来るわ!!」

「ちょっと!!何言い争ってるのよ!!隊長を気持ち良く出来るのは女の私に決まってるじゃない!!」

「乱菊みたいなおばさんに冬を気持ち良くさせるなんて出来る訳ないやろ!!」

「誰がおばさんですってぇ!!私はまだピチピチの高校生よ!?」

「どこがやねん!!どう見てもおばさんやろ」

「言ってくれるわね…ギン(怒」

日番谷をさし置いて、誰が一番日番谷を気持ち良く出来るか、というので言い争っている。
最初は日番谷も三人の様子を見ていたのだが、段々とイライラが増して来た。

「おい…」

流石と言うべきか、日番谷の声は小さくとも三人の耳にはしっかりと届いた。

「どしたん?冬。気分悪い?」

「具合が悪くなったのか?冬獅郎」

「大丈夫ですか?隊長」

三人が三人とも同じような事を言ってくる。


「お前ら煩い。どっか行ってろ。」


一時の沈黙の後、三人はどうするか迷った。
たしかに今はうるさかったかもしれない。
それは反省する。
けれど、一時も日番谷の側を放れたくない。
三人とも固まったままの状態だった。

「早く行けよ。凍らされたいのか?」

この言葉を聞けば日番谷は相当怒っているに違いない。
三人はこれ以上日番谷を怒らせるわけにはいかないと後ろ髪を引かれる思いで保健室を後にした。
といっても、保健室のドアの隙間から日番谷の様子を伺っている。
一人になった保健室で日番谷は再びベッドへと横になった。
先程よりも頭痛が酷くなった気がする。
さっきの一護と市丸、松本の大声のせいで頭がガンガンと金槌で打たれている感が抜けない。
ついでに吐気もする。

「気持ち悪ぃ…」

布団を頭まで被るも頭痛が治まる訳などなく。
段々と痛みと共に眠気も出てきてあっさりと意識を落とした。


***

「隊長、大丈夫かしら…」

「今日は反省だな。冬獅郎が起きたら謝らねぇと…」

「そうやな。今日は冬に悪い事したわ。」

ドアの隙間から気配を消し、そっと覘いて反省する。


キーンコーン…♪

「あ、昼休みが…」

昼休み終了を知らせるチャイムが校舎に響き渡る。

「あら、あなた達どうしたの?」

それと同時に、正真正銘の保健医が職員室からやってきた。

「あ、先生…。その、日番谷君が熱出してベッドで寝てるんで心配で…」

一護はとりあえず今日番谷がベッドで寝ている事を保健医に知らせた。

「そう。後は先生が看病しておくわ。あなた達は教室に戻りなさい。」

「「はい」」

「それに、あなたはここの生徒じゃないわね。先生にも見えないし…」

保健医は市丸を些か怪しい目で見ている。

「あっ僕、市丸ギン言います。ここの学校に一日だけ臨時教師に来たんですわ。朝の職員会議で言ってましたやろ?」

なんとも嘘八百なのだが、保健医は本日九時出勤で職員会議には出ていなかった。

「あら、そうでしたの?すみません、私職員会議には出席してなかったもので…」

「えぇです、えぇです。どうせ今日一日だけですから。ほな、僕も授業の準備に戻りますわ」

こうして保健室には日番谷と保健医だけになり静かになった。


***

ゆらゆらと揺れる。
まるで揺り篭にでも乗っているような感覚。

「……ん」

目を覚ませば、オレンジ色。

「気が付いたか?冬獅郎」

「いちご?」

どうやら一護におぶられているようだ。

「どうだ?気分は」

「寝たら大分良くなった」

「そっか…。まだ寝てていいぜ?今、俺の家に向かってるから」

「松本は?」

「まだ授業中」

「え?でも一護…」

松本が授業中だということは同じクラスの一護も授業中の筈だ。
それなのに、一護は今日番谷をおんぶして帰路についている。

「あ〜、それはな……」


《黒崎一護君、至急保健室まで来て下さい。繰り返します、黒崎…》

と5限目が終わった後の休み時間に呼び出しがかかった。

急いで保健室に向かうと、昼休みと同じようにベッドに横になっている日番谷の姿があった。

『黒崎君、ごめんなさいね急に呼び出してしまって…』

『い、いえ…。それよりどうかしたんですか?』

『日番谷君が寝言で不安そうに黒崎君の名前を呼んでるから…。あと病院に連れて行きたいんだけど…』

保健医が日番谷に目を向けたので、一護も日番谷の方を見ると、未だ苦しげに息をしている。
日番谷の口元を見ると、『一護』と言っているように見えなくもない。

『他の先生方にお願いしたんだけど、誰も手の空いてる先生がいなくて…。黒崎君の家確か病院だったわよね。日番谷君をお願いしてもいいかしら?担任の先生には私から言っておくから』

『あ、はい。わかりました。』

『ごめんなさいね。』

『いえ。じゃあ俺、鞄持って来るんで…』

保健室を出た後の一護は、急いで教室までダッシュ。
途中松本から何か言われたが軽く流した。



「って訳だ。にしても無意識に俺の名前呼んでたなんて…、俺すっごい嬉しいんだけど」

「………そ、そうか…///」

一護からは残念ながら日番谷の顔が見えないのだが、熱とは別に顔が赤く染まっている。

「あ、もう着くぜ。」

黒崎医院という看板がすぐ近くに見えた。
一護は裏口から家に入り病院の方へと日番谷をおぶったまま向かった。

「親父〜!!」

一護が呼ぶと奥から一護の親、一心が出てきた。

「お〜今日はえらい早いな〜」

「あのさ、冬獅郎を診て欲しいんだけど…風邪引いてるらしくて」

日番谷を一心へと渡そうとしたのだが、日番谷は一護の制服をしっかりと握っていて放さない。

「と、冬獅郎?」

「………」

後ろを振り向いても、日番谷は何も言わない。

「親父…」

困って一心の方を見れば、そのままでいいと合図された。
とりあえず、そのままでいいとはいっても立って診てもらう訳にはいかないので、すぐ側にある椅子に腰掛けた。

「只の風邪だな。薬を出して置くから、飲んで寝たら熱はひくだろう。一護、お前のベッドを貸してやりなさい」

「言われなくても勿論」

薬を受け取り、一護の部屋へ向かった。
ベッドへと日番谷を寝かせて、薬を飲ませる為に水を持って来ようと部屋を出ようとした。
しかし、くいっと日番谷から制服の袖を掴まれてしまった。

「一護ぉ〜」

まだ熱がひいてないせいか、赤い頬に潤んだ瞳。
汗ばんだ額。
そんな目で見ないでくれ、理性が飛ぶから。
という一護の心は、悲しきかな日番谷には届かない。
むしろ無意識なのだから本人はわかっていない。

「すぐ戻るから、待ってろよ。」

「でも…」

どうしても離してくれない日番谷に困ったものの、水を持って来なければ薬が飲めない。
薬が飲めなければ日番谷は苦しいまま。

「冬獅郎。あのな、良く聞けよ?その布団は俺が毎日毎晩使ってる物だ。だからそれには俺の匂いが染み込んでる。俺に抱かれてる…じゃなかった、包まれてるって思っとけ。いいな?」

「……わかった」

自分でも臭いセリフだとは思うがここは仕方ない。
やっと日番谷が手を離してくれたので、急いで水を汲みに行った。

「冬獅郎、水持って来たけど、飲めるか?」

布団にくるまっている日番谷に向けて声をかける。
返事は直ぐに帰ってきた。
「一護が飲ませて?」

いつもの日番谷じゃ有り得ない程の甘えっぷりに驚きつつも、喜んでと一護は日番谷の側に寄った。
日番谷も側に来た一護を離すまいと、再び制服を掴んだ。

「苦いけど、我慢な?」

「うん………っん…」

自分の口に水と薬を含み、口移しで日番谷に飲ませた。
コクッと日番谷の喉がなったところで唇を離して、日番谷をベッドへ横に寝かせた。

「何処にも行くなよ?」

「当たり前だろ?」

安心と、薬に入っていた睡眠効果で深い眠りへと入っていった。

「ちゃんと風邪治せよ?冬獅郎?」

チュッと軽く唇に自分の唇を会わせて、数時間飽きることなく日番谷を見つめていた。





END 07.06.21